第4回千葉倶楽部 日本橋界隈散策 (10.4.14)
世話人 忍田貞夫 及び 高山 進 記
千葉倶楽部、第4回の活動は平成22年4月 14日、11人の参加のもと日本橋界隈を散策しま した。
思いがけない寒さに戸惑っていた前日とは打 って変わり、当日の日本橋界隈散策会は実に絶 好の日和に恵まれました。参加者の難波さんがご
指摘のように皆様の日頃の心がけの良さが幸いし たものでしょう。
辻さんからご依頼の日本橋界隈散策、世話人二人で何とか実現。かつてはこの道 を通ったりしたといわれる加藤さんも、三井のルーツをはじめ日頃ゆっくり見る機会の
ない史跡の数々、大阪育ちの川端さんならずとも、皆様の心に残る催しであった。また 再訪してみたいと言う恩田さんの願いもお聞きしました。
1)三越のライオン像
自分の息子に「雷音」と名づけるほどライオンの 好きな三越日比翁助が、欧米視察のおり、ロンドンのトラファルガー広場で見つけたライオン像を現地
で作らせ、大正3年ルネッサンス式鉄筋5階建の新店舗が出来たときから今の場所に座りお客様を迎えています。
関東大震災で店舗は焼け落ちたがライオンは焼け残り、太平洋戦争で金属供出されたが、戦後東郷神社の境内にあるのを社員が発見し昭和21年に戻った。激動期の日本橋通りを100年に亘って静かに2頭で見続けています。
2)三越の歴史
延宝元年(1673年)、江戸本町一丁目に間口9尺(約2.7m)の呉服店を52歳で開 いた伊勢商人三井高利は、「現銀掛値なし」や「小裂何程にても売ります」などの新商法で大ヒットし、その後10年で1683年には現在の室町(旧駿河町)に越し、両替店も併設してその後の三井グループ発展の礎となった。
3)三井記念美術館
今回は入り口でビデオ公開されている「三井の歴史と文化」を鑑賞し三井財閥繁栄の元祖三井高利の面影を偲びました。
4)11人の歩き
あと一人足りないと言うと、「あそこに」巨漢の山本さんはスタスタと先を歩いて行く。 20キロは減らしたいとおっしゃるがどうしてお元気だ。「もう9千歩を越えたわ」、難波さんが万歩計を見る。
5)三井本館
昭和4年建立の本館はギリシャ神殿を連想させるコリント式丸柱24柱の上部に12のレリーフ、 内装はイタリア産大理石を使用している。
3人いる元銀行マン、皆さん色々の支店に勤務 されたようだが岩瀬さんの本館への想いは人一 倍深い。50トンもある金庫の蓋を見学した後、勤
務時間中の行内を通過して外へ出た。
6)渋沢栄一像
関東大震災後、常盤橋門の石垣が崩れたままだったのを、渋沢翁記念会が修理し たのを期に、昭和8年東京市の常盤公園として整備した時に設置された。渋沢栄一は
「日本の資本主義の父」とも呼ばれ、「道徳経済合一説」を自ら実践し500社もの会社 の設立に尽力し、社会福祉にも大きな力を発揮した。フロックコートを着て台の上に佇
む渋沢翁が今生きていたら、何と言って嘆かれるのだろうか?
7)常盤橋
1590年に徳川家康が入封して最初に造った橋で、江戸でも一番古い橋のひとつである。日本橋 地区を中心にする町人の住む町割りと、江戸城を
取り巻く武士の住む地区とを下を流れる日本橋川 の外堀で分けていた。常盤橋門の内「丸の内」に は親藩と譜代の武家屋敷が並び、門内には北町
奉行所などもあった。対岸の本町には「金座」が設置され、近くの本町一丁目には延宝元年「越後 屋」も開店した。現在" 「 型 "に日本橋川が流れるが、大正時代までは"十字型"に
堀があり、左に延びる横棒の部分は外堀で、東京駅八重洲口まえの「外堀通り」呉服 橋から鍛冶橋・数寄屋橋まで昔は掘割になっていた。また縦に日本銀行方面から三井物産方面への道は「道三堀り」を埋め立てて造られたものである。江戸初期には浅
草口または奥州口とも称される重要な橋で、現在残る洋式石橋の「常盤橋」は明治10 年に造られたものである。
8)砂場のそば
老舗とはいえ昼のサラリーマンで込み合う店内、 2階のテーブルですすった天ざるは美味しかったが値段もいい。「え!てんぷらこれだけ?」と嘆いたのは誰だったか。
丸の内電電ビルに暫くいたという犬井さんはここで早退、全10人のメンバーとなった。
9)江戸伝馬町牢屋敷跡
松蔭を始めここで獄死した勤皇の志士は多い。「身はたとい武蔵の野辺に朽ちぬと も・・」この辞世の歌を知る人も少ないようだが岩瀬さんはもう一首も手帳に残している。
10)焙じ茶の香り
プーンと外まで焙じ茶の香りがただよう人形町甘酒横丁の「森乃園」甘味喫茶。10人以上入れるかと心配していたが幸い10人が一緒に坐れた。焙じ
ちゃセットとは、これにお好みの草団子、草餅、みたらし団子など二つがつく。普段の左利きが団子をほうばっている。
11)証券取引所
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見学者入口
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中央のボードを前にして椅子席最前列に坐る 山本さん。各銘柄の名前は略号 でもよく知っている。ひっきりなしに点滅更新
される上がり「赤」と下がり「青」の動きがめまぐるしい。休憩室に集って一同休んだ。証券業 界も今は大変な状況、こんな建物は今のコンピューター時代には合わないねと岩瀬さん。今のゆきづまりの経済界、三井高利がいたらどんな才覚を見せるだろうか。定刻4時より早かったが散会としました。
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