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隠れキリシタン資料館を見学して考えたこと(2010.11.14)
末富 潔 (三幸物流)
澤田美喜記念館内「隠れキリシタン資料館」の見学会に参加致しました。背面にある扉の中に十字架が隠されている仏像、背面に十文字が描かれたマリア観音像、光の反射を受けると壁面にキリストの像が浮かび上がる鏡(しかし、この日は曇り空で実際に見ることはできませんでした)等といった数々の遺物を見て信者の方々の揺るぎない信仰心の強さ、一方ではそこまで隠れながらも信仰を守ってきた信者の方々の苦しみを感じ取る思いでした。
そして300年近く続いたキリシタン弾圧の時代に、信者の方々はなぜ自らの信仰を守ろうとしたのか、改めて考えさせられました。
弾圧初期の頃については、その理由として一つだけ確かにいえることがあるように思えます。それは、信者の方々にとってキリスト教の教えが生きる希望であると確信していたこと。展示されていた木彫り聖母子像(五島列島で発見)を見た際、像は色褪せていましたが当時はさぞや色鮮やかであったろうと察しられました。信長在世時代、各地で立派な教会の他、セミナリオ(学校)や病院も建てられました。信者の方々はその恵まれた環境の中で神父さんの素晴らしい説教を聞く機会があったことでしょう。そして禁教後、信者の方々が時の政府から押し付けられた仏教の教えは、本来仏教が持っている慈悲に満たされた教えと感ずることはできず鎖国政策に利用されたまがい物と映ったに違いありません。
また、展示されていた踏み絵を見た際に、遠藤周作さんの小説「沈黙」の中に述べられていた踏み絵を作製した人達の話を思い出しました。踏み絵の中には特に精巧・写実的に作られ信者にとって踏みにくいものがあったそうです。その踏み絵の製作者の中には、元信者の方々もいたとのことでした。
信仰と人間というものに対してさまざまな気持ちが交錯した一日でした。自分自身がもし「信仰か死か」といった二者選択を迫られたら、正直信仰を選ぶ勇気など持ちえません。
しかしこの弾圧は、どんな理由であれ、司馬遼太郎さんが批判したように「日本人の恥ずべき歴史」であることは間違いないと思います。キリスト教を利用し日本侵略を企む外国からの影響を防ぐためとはいえ、問答無用に正しいことをしている方々が踏みにじられあるいはみじめな思いを被ることは決してあってはならないことです。
そして私が信仰や思想の自由が許された時代に生まれたことにまず感謝したい。そしてこの自由な世の中を守っていく責任を負わされているようにも感じました。
終わりに、展示物について説明を頂きました資料館運営の方々、見学会を企画運営していただきました三井ボランティアネットの皆様に感謝申し上げます。そして日本全国を駆け巡り、苦心されて「キリシタン遺物」の収集に努められた澤田美喜さんの偉業に敬服致します。
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