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本部(東京) 会員便り

ボランティア活動雑感(東日本大震災を想う) (2011.07.07)

折橋 治泰(三井物産OB)

"生かされて感謝感謝の米寿かな"。小生、事業団創設後、間もなくこの極めて意義ある助け合いの活動に参加させていただき、グローバル時代多くの友人を作り、世界に連帯、絆の輪を地道に築こうと、主に東大留学生との交流・支援活動をしてまいりました。

馬齢を重ねて2011年3月4日、奇跡的に88歳の米寿を迎えましたが、1週間後の3月11日に東日本に大地震が発生。地震、大津波、原子炉壊れ、世界を驚愕させ、人的、物的、信用の損害甚大、日本沈没的姿に呆然自失。特に現役の方々は対策に奮闘中。

吾々OB・OGは今こそ傍観者ではなく、当事者として過去の貴重な挫折、再生の体験を前向きに生かし、協力し日本が10年後には災害より再生、成功の実績を示し、難課題解決できる先進国として世界に敬愛される国になるのを目標に方策を考えようではありませんか。

私の三種類の災害、再生の体験を近況とともに下記ご報告してご無沙汰をお詫びします。

(1)大正の関東大震災体験    

私は生後6ヶ月で被災、家が倒壊、圧死の寸前に母が庇って生き延びた由。火災や 風評被害も多かったが、後藤新平や良き指導者と連帯力強く、海外よりの援助もあり早期に再生成功。

(2)戦災体験  

1945年終戦を泰緬国境のジャングルで迎えた。敵の英印軍のマライ半島上陸の寸前、私は大学1年在学の昭和18年、20歳で学徒出陣、1944年9月シンガポールに輸送船で日夜の敵潜水艦の攻撃轟沈を奇跡的に遁れ、シンガポール、マレイ各地、南タイで転戦訓練陣地構築、終戦後抑留、重労働、食料不足、熱帯病に将兵とも耐え日本の再生信じ、小生、最後の輸送船で1947年末、復員。

一橋大学卒業、戦後再生の三井物産に入社、本店、米加、欧州店勤務14年間含め貿易、国際事業育成に皆も休みなく働き、日本は高度成長し、見事に再生成功。

(3)骨折障害再生体験   

2009年、加齢を軽視し、健康、健脚に過信し3回も転倒、右大腿骨骨折。都度、入院・手術・リハビリし再生。   

現在、車椅子生活乍ら、ボケ防止兼ね近所で、人生の総復習の受講、読書、IT、音楽、囲碁、絵画などの文化活動、多言語会話、リハビリ体操中で留学生とはEメールで旧友含め支援中。近く事業団活動に復帰。

(4)東日本大震災の心構え(私見)     

歴史的に見ても日本が再生に成功した時は、日本人の長所を深堀し自信持ち且つ、謙虚に、包容力豊かに、他人、他国の長所のみ学び取り入れたとき。排他的言動は危険。相手の欠点を非難しあっても建設的でない。共存共栄を目的手段とせよ。感謝心、向学心、行動責任力を座標軸に彼我利害共通の出来る事より実行すれば、再生成功確信する。敵国多くするより友国多くの言動を。    

好きな格言:『強く無ければ生きられぬ。但し、優しさ無ければ生きる価値無し』

 


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