本部(東京)国際交流
三井V-Net留学生古民家見学会に参加して(2025年11月8日)
駒澤大学部会 鈴木昌宏
11月8日土曜日に三井V-Net本部事務局が留学生のために主催する川崎市立日本民家園の見学会に参加しました。今回は駒澤大学から交換留学生9名と部会所属のボランティア会員5名の合計14名です。朝8時45分の駒澤大学駅集合時刻に学生1名が間に合わずボランティア会員1名が同伴して直接会場に向かうことになりましたが、無事開始時間前に到着し全員揃って本館展示室での民家園ボランティアガイドの方々から見学前の説明を受けました。今回は4名のガイドさんがそれぞれ留学生数名のグループを率いて園内を案内し、集合写真の撮影と解散の挨拶では全員が一緒になりました。
日本民家園正門を入り、右手に江戸時代の木造建築技術を駆使して明治時代に建てられた豪壮な原家住宅を見ながら狭い坂道を登り、かつて馬宿であった鈴木家住宅から見学ツアーが始まりました。ガイドさんが土間には14頭の馬をつなぐことが出来たと話すと、留学生からは狭すぎてとても14頭は無理とのコメントがありましたが、ガイドさんが参考資料の詰まったファイルから馬の写真のページを開いて当時の国産馬のサイズを見せると留学生も納得しました。
薬屋の三澤家住宅では家主が代々組頭と務めた家柄であるが故に普通は武士にしか許されない門構えが許されたという説明を聞き当時の身分制度が住居の構造にまで及んでいたことを知りました。三澤家の屋根は石置きの板屋根でたくさんの大きな石が板を押さえています。坂道を登って屋根がよく見える場所に来るとガイドさんが留学生に屋根の石の数がいくつあるかというクイズを出しました。二人の留学生の答えは200と500でしたが、正解は340(だったと思います)とのことで、ガイドさんはファイルから屋根の写真を取り出して留学生に見せご自分で全部の石を数えたと教えてくれました。
三澤家から水車小屋を経て佐々木家住宅へ進むと、長野県の千曲川沿いに建てられたこの家の一帯の航空写真をガイドさんが取り出し、千曲川の氾濫によって大きな被害を受けた結果村全体が山よりの高台に移転し佐々木家も主屋を解体して移築したという歴史を話してくれました。その佐々木家の庭で全員集合し合掌造りの江向家住宅を背景に記念写真を撮りました。
写真撮影の後再びグループごとに3軒ある合掌造りの家屋へ進み、合掌造りが生まれた背景となる気候や産業が合掌造りに共通する急峻で大きな屋根や屋内の間取となったことを学びました。合掌造りの一つ、野原家住宅に入るとすぐ右手に木のつるで作った大きなカゴがあり、早速ガイドさんが留学生にこれは何だと思いますかと質問しましたが留学生には見当もつきません。これは渓谷を渡るための手作りロープウェイで、当時この地区(五箇山)は流刑地で橋をかけることが許されなかったため、このような方法で深い谷を渡ったそうです。どういうふうに使われたのか留学生には想像しにくかったのですが、そばに飾ってあった歌川広重の「飛騨 籠渡し」の絵を見てよく理解できたようです。もう一つ興味深かったのは曲がった木材をそのまま家屋の梁(はり)に使う工法です。豪雪地帯の樹木は冬の間何メートルもの積雪を受けて根元の方が曲がり、何十年もたって曲がった木をそのまま木材として家屋の梁に使うことにより、家を丈夫に組み立てる知恵とのことです。
つぎに「関東の村」に入り昨年は一部修理中で見学できなかった作田家住宅を見学しました。現在の千葉県九十九里町の名主で網元を務めた有力な家柄であったことからその財力を反映して当時の民家としては大規模で、天然の曲がりくねった木を梁として使った美的センスに感心しました。
その後神奈川の古民家を展示してある一角を見学して奥門の近くで本日の見学会は終了し、ガイドの皆さんにお礼の拍手を送って解散となりました。
昨年の見学日は11月30日で紅葉がちょうど見頃でしたが約3週間早い今年は残念ながら紅葉はごく一部で始まったばかりでした。とはいえ朝方は雲がかかって肌寒かった天候は徐々に回復し昼頃には日が差して里山を歩くにはちょうど良い日でした。留学生たちはガイドの皆さんの丁寧な説明で古民家の美しさだけでなく、その歴史的、地理的背景を知ることができ長く記憶に残る体験になったことと思います。
本部の貴重な企画およびその実行のために尽力された事務局の皆さまにあらためて感謝の意を表したいと思います。
三澤家の屋根
野原家の梁
集合写真
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